スタッフブログ

スタッフのつれづれ

かこのとりあつかい

3月後半からの講演予定が、新型コロナウィルスの影響で中止や延期となりました。
新年度に入ってからも、お知らせをする前に中止になってしまったものもあります。
遊悠楽舎での面談は現在も新規・継続共にお休みをしています。
居場所再開のもくろみもさらにしぼみ気味。

では、なんにもできないのか?というと、そんなこともなく。
会員の皆様に会報をお送りしたり(冬・春合併になりましたけど…。)
そのお返事や感想、日々の想いをいただいたり。

そして、今までの会報の手書き原稿の整理などをしています。(在宅勤務ですが。)
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(写真)明石さんの手書き原稿の束

そして・・・

「過去」を考えています。
どう向き合い、どう付き合うか。
懐かしむのか、後悔するのか。

どちらにしても、それをするのは、
いつでも「いま」なんですね。

「過去」は「いま」の「わたし」が
「いま」感じていること、とも言える。

「過去」は変えられる。
というのは、そういうところにあるんですね。

起きたこと、その事実・事象は変えられないけれど、
付き合い方は「いま」によっていつでも変えられる。
変えなくても、いい。

過去と今を行ったり来たり、同時に生きて。
抗ったり、もがいたり、身を任せたり。
そんな「わたし」をよそに
時は流れるように流れているんだよなぁ。

だったら、もっと、いまのわたしが喜ぶ生き方
それはなんだろうと考えようかしら。

日付順に並べ整理整頓が出来てしまう原稿とは違う。
生身の過去の取り扱い方と共に。



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スタッフのつれづれ   2020/05/07  

ももはじめてさく

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これは2月に撮影した早咲きの桜 桃ではありません(^^ゞ

ことばにならない もの こと が
どうにもたまってしようがないとき
わたしは あきらめて
お風呂の大掃除をしたり
ちくちく繕い物をしたり
そんなことで時を過ごします。

そうすると
むりやりに、ことばにしてもしなくてもいいんだと
澱がちっていって深い呼吸が戻ってくるような。

どうにもならないものにぶつかったときも
抗うのでも 戦うのでも
ただ流されるのでもなく
ちょっと外れて、立ち止まる。

気分一新するためにあえてどこにも進まず
けれど
澱まないよう日常のことをする。

いま、意味がないようなことが
いまとこれからのわたしをたすけてくれる。
そう信じて。



*タイトルにした「桃始笑」は「ももはじめてさく」と読み、
二十四節気の七十二候の名称です。
ちょうど3月10日ごろの名称なので使ってみました。
「笑う」と書いて「咲く」と読ませています。
桃の咲きようが笑いかけているようだということでしょうか。

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スタッフのつれづれ   2020/03/10  

寒中お見舞いも なにも

寒中お見舞いすら申し上げそこなって
いつのまにやら、節分もすぎ
暦の上では、春の始まりを告げました。

雪不足?暖冬?
いつもより遅い初霜、初氷

例年よりも気温が上がった下がった
あれが売れない、これが育たない
景気の動向に右往左往

思わぬウイルスの出現?!
売り切れたり高値で取引されるマスク、消毒液
風邪、インフルエンザ、肺炎、
予防、対策、いままでどうしてきましたっけ?

自然や天候に振り回されているのは?
関わり方を間違ってきたの?
それとも
関わり方を忘れたの?


さてさて、
会報の「冬号」発行が遅れております。
(明石さん 原稿くださーい。)
このままじゃ「冬春合併号」になっちゃいますよ・・・。

ブログの発信が滞っているのは、
スタッフがぼんやりだからです。

あれやこれやありますが、
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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スタッフのつれづれ   2020/02/11  

ちがう おなじ

秋号を発送して、ちょっとホッとして
そうこうしているうちに、すっかり寒くなって、11月も残り僅か…。

講演依頼が増えていて、日頃はのんきな私も
ちょっぴり(?)忙しいです。

話すのは明石さんなんですけれどね。

さて、スタッフとしてのお仕事。
講演の資料の準備などしながら思うのは、

資料内容は、同じようで
語られるエピソードは少しずつ、違う。
大切な、ものことは、おなじ。

講演依頼されるテーマは「ひきこもり」に関すること、
なんですけれど、

場所と聴衆だけ変わって同じ話を、授業のように
判で押したようにしているわけではないんですよ。

ひきこもっている状態は、それぞれに違う。
それは、それぞれに「関係」の在り様が違うから。

年齢、性別、家族構成がちがうってこと、だけ、ではないのです。

講演会や研修会に参加している人たちだって、それはおなじ。
それぞれに「関係」の在り様は違う。

たとえば講演で、
その日、その時の出逢いによって、
「関係」の在り様が、ちがってくる。

だから同じ話しのようで、ちがう。
(と、わたしは思っています。)

ちがうけれどおなじ大切なこと。

おなじ“いま”を生きる人として、
当たり前に”生きる”を尊重し守ること。

ひきこもっている状態にある側から見る?
ひきこもっている人を支援する側から見る?
ひきこもっているか、ひきこもっていないか?

そうやって「分断」や「分類」をしないこと。

(これって、年齢、ジェンダー、国籍などなどでも、おなじこと、と、わたしは思っています。)

「多様になっている」のではなくて、そもそも「多様である」わたし達、だから、

それぞれに「わたし」の話として、「わたし」と向きあい、ちがうとおなじを、
対話して、折り合って、生きあっていくために。

必要なこと、さて、それは、なんでしょうね。
(と、わたしは考えています。)

講師として話すのは、明石さんなんですけれどね。
20151012012...

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スタッフのつれづれ   2019/11/24  

始めました。

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↑(上の画像)10月のはじめ
↓(下の画像)8月の半ば
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8月と10月で、さすがに日の光りがだいぶ違うとは思います、が。^^;

暑さが残る中、会報バックナンバーの公開を始めました。
『季節(とき)の風』No.001・夏号からです。
No.001は、2016年の7月に発行ですよ〜。
スタッフとして(私として)は、「続いてる・・・」と思っています。

現在、秋号を作成中です・・・( ..)φ


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スタッフのつれづれ   2019/10/08