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(2017年4月発行)会報『季節の風(ときのかぜ)』/003/春号

2017年4月発行/003春号
◇明石から ◇これから(講師、講演会予定など) ◇スタッフのつぶやき ほか
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(内容は2017年4月時点でのものです。)

「関係障がい」ですか!?
 
お昼すこし前の時間、
突然電話がかかって来た。
高齢な男性が、やつぎ早に話しつづけます。
 
「ひきこもっている人に対する支援がしたい。ついては一度会って話が聞きたい。
いつ、どこへ行けばいいか。電話で話しても長くなるので、とにかく会って話したい。」と。
 
こちらへの「いま、大丈夫ですか?」とか、
「突然なんですが、少しお尋ねしたいことがあるのですが、」とか、何もありません。
「ひきこもっている人への支援について学びたい、ということですか?」と尋ねると、
「いやいや学ぶのではなく、支援がしたいのです」と話される。
 
この方の電話は色々な問題を含んでいます。
実は、この方に代表される姿は、よく見られることです。
他者とのかかわりをつくる時「わたし」はどう接していくのか。
相手の事情よりも「わたし」はどうしたいのか「わたし」の立場をまず語る姿です。

就労支援をしている団体の面接に、遊悠のメンバーを連れて伺った時。
彼らは、まず自分達のやっていることを説明することから始めました。
これは、多くの行政窓口などでも同じことが行われているように思います。
 
しかし、
しかしです。
 
まず、訪問者を迎えた時
「よく来てくれました。今日の私たちへのご用向きはどんなことでしょうか。」と
聴くところから入らなければならない、と思いませんか?
商店の対応と、支援サービスの窓口の対応は逆になっているようです。
「してやる」と考えている側からの関係づくりは、相手の想いや気持ち、
必要を聴くよりも前に、ここでできることは、というバリアをまず語る、
という関係の入り口づくりをしているようです。
勿論本人たちはバリアづくりとは思っておらず、丁寧に説明している、
と思っていると思います。
 
つまり
つまりです。
 
関係づくりの「交点」が、ずれて来ていて、逆転した関係づくりが、
当たり前のことになって来てしまっているのではないでしょうか。

親(おとな)が子どもとかかわるときって、どうでしょうか。
親(おとな)の事情を説明するところから入ってしまい、
子どもが、何を語りたいのか、伝えたいのか、その想い、
気持ちを聴くところからかかわりを始めているでしょうか。
 
最近「関係障がい」とまで言われだしている私たちの関係づくりが、
実はとても余裕を失い、寛容度の低い、貧しいものになっていることに、
まずは気づいていく必要がありそうです。
 
2017・4 明石 紀久男
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  2019/12/18   スタッフ