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会報『季節の風(ときのかぜ)』/001/夏号(2016年7月発行)

2016年7月発行/001夏号
◇明石から ◇できごと ◇これから(講師、講演会予定など) ◇スタッフのつぶやき ほか
通信001・夏-001...
通信001・夏-002...
(内容は、2016年7月時点のものです。)

 遊悠楽舎を始めて16年目に入った今年、「近代」が生んできた社会(共同)の断末魔的状況としか思えない事件がつづいている。
まさに今日の未明に、県立の障害者施設で、歴史上、前例のない多くの人の生命を奪う、大きな事件が相模原市でおこった。
まだ全容がわからないのでこの事件に特に言及はできないが、アメリカでの銃乱射事件が続き、アフガニスタンでテロ、トルコのクーデター未遂、ニースでテロ・・・・・。
均衡を失った社会(共同)が、壊され崩れて行く様。
 強いものと弱いもの、持っているものと持っていないもの、勝者と敗者、というような構造が折り重なり折り重なり、あたかも弱者の中での強者や、敗者の中での勝者のような、幾層もの差別化の中で、生命の奪い合いが露呈してしまって来ている。

 現在、人類は世界的な行きづまり感の中で、「これ迄通り」生きようとする者たちと、そうではなく、立ち止まり、もう一度「生きる」ことの原点に立ちかえって「経済成長」や「発展」や「進歩」に懐疑の目を向け、分かち合い、支え合い、生き合う「共同(社会)」づくりに向けて、考え、行動しようとする人たちが沢山でて来ている。

 対処療法的に考え行動することにだけ終始してしまうことから脱出し、目線をあげて、少し遠くを見つめ、より本格的なもの・ことを大切に捉えて、足許を見つつ、より根源的な「生命の営み」に向き合い、少し大きなサイクルを意識した日々の在り方への転換が始まり出しているように思います。

 まだまだ少数です。でも気づき始めた。このままでは生きていけない。
 生きあうための「共同」を見出して行かなければ
「対立」と「憎しみ」の構造から解放されない。

多様であることを認め、受け入れ合っていくことの難しさを痛感しつつも、
 生きあうために
生かしあう道を模索することしか残されていない。
 
 「違いを認め、大切にしあう。」
とてもシンプルで簡単にきこえる。
 しかし、それができていないし、できないで来た悲しい歴史をわたし達は生きている。
 
 だからこそ、いつまでも、空しくスローガンになりつづけているのだろう。
 
2016・7 明石 紀久男
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  2019/10/06   スタッフ
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