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(2019年5月発行)会報『季節の風(ときのかぜ)』/011/春号

2019年5月発行/011春号
◇明石から ◇できごと ◇これから(講師、講演会予定など) ◇スタッフのつぶやき ほか
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(内容は、2019年5月時点のものです。)

シリーズ「80・50」

春めいて、桜が咲いたかと思っているうちに新緑は日々に深まり、あっと言う間に初夏を感じさせる陽気になっていますね。みなさんお元気でお過ごしでしょうか?!
 
 3月29日に内閣府が「40〜64歳のひきこもり者」が全国に61万3千人いる、との推計値を公表しました。今迄の、15〜39歳までの「若者」の「ひきこもり者」の推計54万人とあわせると115万人になります。「ひきこもり」という言葉が人に知られるようになったのは、精神科医で現筑波大学教授の斉藤環氏が1998年に「社会的ひきこもりー終わらない思春期」という本を出してからだろうと思います。副題が示している通り当時は「思春期」特有の現象として「ひきこもるという状態」が捉えられていたことがわかります。いまだに「不登校・ひきこもり」というくくりで語られていることが多いですからね。
 
 今回の調査結果の公表は、男性が76.6%を占めること。期間は7年以上というのが半数近くを占め長期化・高齢化が進んでいることが裏付けられましたし、ひきこもり状態になったきっかけの第一位は「退職」ということでした。しかし行政(社会)の対応は「若者問題」という捉え方でした。なので、私が横浜市の相談員として勤め出した頃は「若者」の年齢は29歳でした。それが34歳となり現在は39歳となっています。
 
 「若者」と定義する年齢を上げることで「若者問題」に対応する部署あるいは機関が対応することを求められた訳です。そして、用意された支援策は「就労支援」です。つまり、ひきこもらざるを得なくなった本質的問題に向き合うことをせずに、「個人の問題」に目を向けて「就労=就職」という考え方に立った「支援策」がとられて行くことになりました。
 
 それは家族の望む「外に出て欲しい」「稼いでほしい(社会的なつながりを持って欲しい)」に沿ったものになったのですが、本人、当事者、ひきこもり者に向きあったこの社会の持つ「ひずみ」に向きあったものになることはできませんでした。そんな中で、ご家族もどう対処していいか分からず「ひとつ屋根の下で」ピリピリとした気使いの神経戦(お互い様なのですが)」に日々おかれどうしていいか分からない時間が流れて来た、というのが実体ではないでしょうか。
 実は彼ら(ひきこもる当事者)と、それを何とかしたい(幸せになって欲しい、せめて人間的な生活、日々を送って欲しい)と想い・悩み・考える周囲との存在の乖離が、どんどん深まってしまって来ているんです。
 
 何故こんなにも「社会(共同)から撤退」する人たちが増えてしまったのでしょう。そのことをずっと感じ、考えつづけて来た20年でした。

 大きな時代の要請による社会の変化と、核家族化する中で抱え込んでしまい、語り合うことの出来にくい「その家、家族、その個人の自己責任」という考え方が基本となって来てしまったのではないでしょうか。つまり「社会的な存在」としての「わたし」が「個人的な存在」としての「わたし」より、より強く求められてしまう社会(共同)になってしまい、「個人的な存在」である「わたし」の痛みや悲しみ、悦びや楽しさがずっと蔑ろにされることになって来てしまった。
 甘ったれるな!わたしも頑張っているのだからお前も頑張れ!と「ひとりの人間」としての悦びや痛みに寄り添えず、それは「親となったわたし自身」も叱咤激励の対象で「負けてはならない人生」を強要されて来たのではないのか、と考えさせられます。親も「ひとりの人間」であることをかなぐり捨てる。
 
 求められるのは「上手くやること」しかし、求めたいのは不器用でも、下手くそでもそんな「わたし」を正直に生きたいという願いとも祈りとも思えるような深層からの叫び、想いなのではないのか、と思います。
 
2019.5 明石紀久男

2019年   2020/12/10   スタッフ