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(2019年2月発行)会報『季節の風(ときのかぜ)』/010/冬号

2019年2月発行/010冬号
◇明石から ◇できごと ◇これから(講師、講演会予定など) ◇スタッフのつぶやき ほか
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(内容は、2019年2月時点のものです。)
 
シリーズ「80・50」

子どもが殺されていく。
 
昨年、目黒区で当時五歳だった結愛ちゃんが虐待によって死亡した。
「こんなことが二度とあってはならない」と何度も叫ばれながら、耐えがたい事態は止まることがない。
 
一月二十四日、野田市の小学四年生の心愛ちゃんが、
「先生、どうにかなりませんか。」と、はっきりと助けを求めたにもかかわらず、十歳の生命は守られることはなかった。
 
私たちは、どんな社会に生きているのでしょう。
 
僕が「子どもの居場所」が必要だ、と感じ「遊悠楽舎」としていまの活動を始めることになったキッカケも
当時中学二年生だった男児の「自死」でした。
 
彼は遺書に「こんなことが二度とあってはならない」と書いていました。
それが一九八六年の二月でしたから、三十三年前のことです。
彼の「自死」は教師も参加した「葬式ごっこ」という「いじめ」でした。
 
今回は、教師・学校・教育委員会そして児童相談所までかかわっているのです。
豊かになるどころか、どんどん「貧しく」「寂しく」なっているのではないかと実感する日々です。
 
通勤電車が「人身事故」で遅れています。またどこかで生命が失われたのではないか、と想いつつも足は職場に急ぎます。
 
ヨーロッパの国々にたどり着けずに幼児が亡くなっていくニュースにも触れます。
それは身近な原発事故から避難しておられる方々、さらに昨年は北海道から九州まで各地で災害があり、
多くの避難民を生んでいます。
同じ「難民」です。住むところを追われ、行き場を探して混沌としている。
 
私たちは分かち合えているんでしょうか。折り合い、助け合える共同(社会)をつくる方向に向かっているんでしょうか。
 
為政者は、あらゆる裏付け(データ)を自分に都合良く改ざんし、「うまくいっている、成功している」と強弁を続ける。
さらに「生まない方が悪いんだ」と繰返しうそぶき、その都度、撤回するNo.2。
 
じつはこうした「自分たちに都合のいい在り方」の強制が、
80・70世代から50・40世代に対して繰返し行われて来たのではなかったのかと思えています。
 
自分たちの「成功体験」を押し付け、「こうしろ」「こうすればいいんだ」と、
急激に変化する社会の状況に、革新的にかかわることをせず、「今迄」を「常識や普通」を次の世代に強要してきた。
 
 そのつけが、今現実となって具体に眼の前に現れ始めている。
 
 個人を尊重している様で、実は全く尊重しておらず、
前時代の同質化みんな同じ違っていないことを求める在り様を改めることもせず繰り返す。
 
 多様であることを認めることができず頭や口では言うけれど、実体は男尊女卑で自業自得、自己責任だけを押し付ける。
 
 ひとりひとりが大切に尊重される存在として在り、父親と母親、息子、娘とかいう関係にだけ縛られることなく、
ひとりの「わたし」として一人称で生きる人と人の生かし生き合う関係として成り立つ共同=社会への転換が必要である、
と痛感します。
 
2019.2 明石紀久男
 

2019年   2020/12/10   スタッフ